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今井雅之が末期がんのため舞台降板。任された代役がまさかの…!? [舞台降板]

4月30日、今井雅之が大腸がんのため出演予定であった 「THE WINDS OF GOD」を降板したことがわかった。

そして、今井の代役はなんと同じ俳優の俳優の重松隆志(41)
であることが新たに分かった。

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http://pbialsokte.blog.so-net.ne.jp/2014-05-02より引用

重松隆志は1973年6月28日の京都府出身。
ストレイドッグプロモーション所属の舞台で主に活躍する俳優だ。

香里奈の実の姉 能世あんな と舞台上で知り合い 10年近く付き合い、ついに結婚するもがわずか11ヶ月で離婚している。


重松隆志は俳優としての歴史は今井雅之と比べると浅く、
舞台では2000年「皆殺しの天使」が初出演。 TVドラマでは2006年「松本清張スペシャル・共犯者」が初出演だ。

最近ではビッグダディの元奥さんの半生を描いた舞台
「ハダカの美奈子」で重松がビッグダディ役になったことで有名だ。


そして今回は
「THE WINDS OF GOD」
田代誠  岸田守中尉 役を今井から代役を頼まれたわけだが…。

今井と比べると俳優での経歴が浅いため多少は不安というものは感じるが、
あの今井雅之が直接電話で重松隆志に代役を頼んだのだ。
舞台を待っている方々は期待をする価値は充分にあるのではないだろうか?

ただただ重松隆志が舞台で成功を収め 今井雅之が無事回復し、舞台に復帰することを願うばかりだ。
タグ:舞台降板

俳優 今井雅之が末期がんのため舞台を降板!? [舞台降板]

俳優、今井雅之(54)が出演予定だった舞台 「THE WINDS OF GOD」を大腸がんのため降板を公表した。
会見場所は東京・新国立劇場で行われた同舞台のゲネプロ前である。

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http://www.oricon.co.jp/news/2048996/より引用
今井は体を引きづりながら登場し、「ギリギリまで自分の体と相談したんですけど、 ドクターストップ、プラス自分でも舞台に立てない」
と病状が末期がんのステージ4であることをかすれた声で語った。

今井は昨年末にも腸の緊急手術を行い、一時は余命3日とまで診断され
大病の連続に目に涙を浮かべ、言葉をつまらせていた。

今後の予定した15公演のうち5公演は中止になる方向らしく、
今井の代役は同じく俳優の重松隆志(41)が務めるそうだ。
今井から直接頼まれたこともあり、やるしかないと力強く意気込んでいる。


ようするに今まで今井は、自分にまだいける ここで倒れるわけにはいかないと、 自分に言い聞かせながら無理をしてきたようである。

本当に舞台での仕事が好きであるのは理解できるが…
誰か止める人間は周りにはいなかったのだろうか?
そして何故ステージ4になるまで無理をしたのだろうか。


とにかく今は絶対安静を元に、
回復に時間を注ぐべきなのは確かである。
そしてまた元気な姿で舞台へ戻り、ファンや関係者、 家族を笑顔にさせてほしい。

事業撤退したすしざんまい 木村清社長の驚くべき経歴 [事業撤退]

涙の会見とかした豊洲新市場撤退。
「千客万来」という計画が頓挫してしまったが
すしざんまいの勢いは未だ衰えることを知らない巨大寿司チェーン店だ。

だがなんと、その勢いの秘密は木村清社長本人にあった?



木村清社長は千葉県野田市生まれ。
1967年に中学卒業後になんとF104のパイロットを目指し
15歳の時点で航空自衛隊に入隊している。

そして2年9ヶ月で第4術科学校を卒業し、18歳で大検(大学入学資格検定 )
合格しているのだ。

ただその後航空操縦学生の資格を得たが事故で目を患い、パイロットの夢は諦めている。
もし、事故を起こしていなかったらこの世界にすしざんまいは生まれていなかったのだ。
そして木村清社長はパイロットとして人生を歩んでいたのだろう。

その後はセールスマンなどの職を転々とし、1974年には現在マルハニチロである
大洋漁業の子会社、新洋商事に入社する。ここで木村清社長は魚の仲買人となるが
ここで興味が一気に移る。

1979年に新洋商事を退職し独立、新洋商事で得た知識で木村商店を創業する。
そこで段々と土台を固め拡大させていき、1985年に喜代村を設立するもバブル崩壊に
伴い、今までの立ち上げた事業を精算することになる。

しかしそこでもめげずにまた新しく寿司店 喜よ寿司 を開店する。
そして2001年になる時、築地場外にようやく我々の知る すしざんまい が生まれたのだ。


上記の通り、木村清社長は失敗を恐れず前を進んだ結果が
すしざんまいという大きな財産として形になったのである。

豊洲新市場撤退、涙の記者会見にはなってしまったが木村清社長はめげずにまた歩き出すのだろう。
何故なら彼は今までの苦労を知っているのだから。

すしざんまい 木村清社長のこだわりとは? [事業撤退]

豊洲新市場撤退、涙の会見をしたすしざんまい 木村清社長。
観光施設「千客万来」の計画から退くのは事業の失敗と言わざるを得ないが

すしざんまいをここまで発展させてきたのは間違いなく
木村清社長の仕向ける一工夫のおかげでもあるのだ。

特にすしざんまい木村清社長は常人とは違う熱い信念を持っている。

木村清社長のマグロのこだわり

寿司には様々なネタがあるが木村清社長は中でもマグロにはこだわりがある。
なんと社長自らが競りで落とした巨大なマグロを解体するのだ。

あまりのこだわりにマグロ大王という異名を持ち、世界の大きなマグロ釣り大会にも
出場し銀メダルを受賞するほどだ。

そしてすしざんまいの売上の38%はマグロなのである。

木村清社長はマグロに対しては1mmの妥協も許さないのだろう、
その結果が38%という驚異的な記録になって表れたのだ。


豊洲新市場撤退では涙の会見になってしまったが
すしざんまい木村清社長にとってそれはゴールへ向かう道の一つの障害物なのだろう。

そのマグロに対する熱いこだわりさえあれば、自ずとまた光は差すものである。
これからも寿司業界を走り続けてほしいものだ。
むしろこれからに期待なのである。

すしざんまい木村清社長「千客万来」事業撤退か? [事業撤退]

大手寿司チェーンの一つ「すしざんまい」

来年11月には豊洲新市場で観光施設「千客万来」をオープンする予定だったが 4月29日、都内本社で木村清社長が直接事業から撤退することを発表した。

撤退せざるを得なくなった理由としては、施設計画が 様々な要因で変更が重なりに重なったと挙げており

2015年で閉館する予定であった台場の「大江戸温泉物語」
が営業再延長が決定したことも原因の一つとしてあったという。

木村社長は豊洲に市場を移転させ、そこから繁栄を目指して
いくことを予定して計画を進めていたようだが企画倒れとして終わってしまった。

具体的な事業撤退の理由は挙げられてはいないが、内部の人間でのもつれなのだろうか?
事業撤退の理由が何であろうが、大きな経済効果がまた一つ死んでいったのは言わずもがなである。

撤退を口にした木村清社長には大量の涙が流れており
この計画にはよほどの思い入れがあったのだろう。

木村清社長といえばメディアへの登場が積極的で、社長自らが
すしざんまいのCMに出演するのは有名である。

お茶の間で自らのすしざんまいの宣伝を木村清社長が満面の笑顔でする。
これがすしざんまいの大きな特徴でもある。

千客万来の事業撤退が確定した今後、木村清社長がどう会社を動かしていくかで 日本中がざわめいているのは確かだ。










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